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水唱餞歌



きっと、其処に、

去年と同じ景色

でも、去年とは違う



「ほれ、行くぞ」



大好きな人が一緒だ。

そして、去年とは違う、俺がいる。





今年も真っ赤な彼岸花の花束を抱えて。

太郎はんの家、寺の裏手の墓地へ。


山にかかるその場所に、ひとつ離れてぽつん、と、小さなお墓。

去年と同じ。
去年と違う。

その墓石には、名前が刻まれていた。


「太郎はん…ありがとうございます…」


その名前を、遠く俺の故郷で探してきてくれたその人に、感謝を。
いつもと同じ、黒尽くめの服装で、
いつもと変わらぬ、不機嫌な表情は黙ったままだけど。

くしゃり、荒っぽく頭を撫でられて、俺は微笑んだ。


「ととさま、かかさま…」


去年と同じで、涙が出そうになる。
去年と違って、足は震えなかったけれど。


口に出して、ふと、黙る。

横の碑石に刻まれた名前を見て、もう一度…


「…はじめて、名前、呼びますね…」


ずっとずっと、知らなかった。
それで良いと思っていた。
だけど、知ればそれはとても嬉しくて。


「九朗(くろう)ととさま…雛(ひいな)かかさま…」


知ってしまって…
嗚呼、生きているうちに呼びたかったと、涙してしまったけれど。

今は、笑おう。

今年も生きている、証に。


「俺は、今、幸せですよ…」


約束を、守っていると、伝えよう。





秋の彼岸という時を違うことなく咲く花に
今年も再会できた
失う哀しみを知らない頃は 花に逢えて 只嬉しかった

祈りの心 先にたつ
幸いなるかな・・・
南無

















そして隣で、太郎はんが手を合わせる。

瞳を閉じての、黙祷。
何を両親に語りかけているのだろうと、ちょっとどきどきしてしまう。
けれど、

目を開けた太郎はんが、そっと俺の手を握ってくれたから、
それだけで、しあわせ。



(…嗚呼、俺はこんな果報者で良いんだろうか…)


幸せを願ってくれた両親に、
幸せになれという約束をくれた両親に、

今年も感謝と、喜びを。
by kaze-kara | 2007-12-29 19:15 | 黒ニ鳴ル噺
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