水唱餞歌



経典

夜闇に飛ぶのは、闇色カラス。


それは夜の闇よりも黒色で、
書かれる文字は、星のように白かった。






「謌読みの方々と運命の糸が繋がったの?」

ころころと、
鈴を転がしたような上品な笑い声。

綺麗な黒い髪の、妙齢の女性。
太郎さんの母君…寿子(ことこ)さん。


うたよみ?
知らない言葉に、俺は首を傾げる。
すると今度は向こうが不思議そうな顔をするので、軽く説明をした。

「呪言士…現代はそう呼ぶのかしら?
 それとも、彼等とは違うのかしら?」

戒蠱は、忘却期以前から続く有力な能力者の家系だと聞く。
真偽はどうであれ、俺の知らないことを、此処の人たちはよく知っている。

「ああ、だけどこれは使えるかしら?
 もしよければ、持っていって。」

静かに、上品な動作で着物の袖から取り出されたのは、真っ黒い木の箱。
細く、長い。
古めかしく、しかし綺麗な、それでいてシンプルな箱だ。

促されて開けてみれば、やはり黒い、巻物のような物が収められていた。

「我が家に伝わる詠唱兵器よ。」

その言葉に、思わずその緩やかに細められた瞳を見る。

「私が若い頃使っていたのだけど、もう引退したし、使える人もいないし。」

どうかしら?
微笑む瞳は崩れない。
漆黒の瞳。ただ、相手を映す。

「だけど、銀誓館に属するキミにあげたって言ったらちょっと五月蝿い子がいるから、貸すだけね。」

まるでいたずらの相談をする子供のよう。
この、小さな子のように屈託なくよく笑う、この人も俺は大好きだ。

寿子さんの言う人が誰だか分かって、俺もちょっと笑う。

「ありがとう。久しぶりに使ってもらえて、其れも喜ぶとおもう。」

大切にします、と答えると、寿子さんは笑みを深くした。

「太郎や彦乃ちゃんが慌てていたわ。
 少し大変そうね?」

おっとりと紡がれる言葉に、不安も焦りも無い。
感じ取れるのは、いつも以上の、信頼。

「帰ってきたら、ご馳走にするわ。」


だから、いってらっしゃい。

静かに、静かに、寿子さんは微笑んでいた。
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by kaze-kara | 2009-02-03 21:55 | 黒ニ鳴ル噺
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