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水唱餞歌



黒い狐と白い鴉

 進む針
 零れ落ちる砂

 時は決して止まらない


記憶も薄れ移り変わり
たゆたう時は今も進み続ける

けれど だからこそ

かつての逢瀬を また 巡らせる








クリスマス。
ぴかぴかの装飾に街は彩られて、人々に笑顔溢れる、素敵な日。
今年もこの季節がやってきた。


銀誓館学園のクリスマスパーティを終えて帰路についた少年は、
白い息を吐きながら空を見上げる。

「…雪、綺麗やなあ…」

温暖化という異常気象で、気温の上がっている昨今だけど、
今年も綺麗に振った、白い奇跡。

「…あの日、みたい…」

クリスマスに、そして白い雪。
あの時は、雪すらも、涙すらも、
「人間」という「生き物」すらも知らなかった、子供時代。

日々暗闇に生き、ととさまとかかさまだけが、世界だった時。

だけど、そんな、狭い記憶のなかでも、いくつかの強い記憶。

そのなかのひとつが、クリスマス。
あの日、ととさまのお面を借りて街に遊びに行った、クリスマス。
あの時、イルミネーションの燈った、夜。とてもとても、寒くて。
あの場所で…そう、あれは…

京都の、人気の無い小さな公園…。


あの人…今でも覚えている。
きらきらの白い髪。
宝石みたいな深い青色の瞳。
俺に、はじめて「音楽の親」を教えてくれた人。
音楽の感動を、教えてくれた人。

あの人に、そんなつもりはあったのかわからないけど。
俺と同い年くらいの、おにんぎょうさんみたいな男の子やった…。
クリスマスになると、思い出して、
「We Wish You a Merry Christmas」の歌を聴けば、あの透き通る歌声が鮮明に甦る。
あの人は、今…どうしとるんやろ…。
どんな人になって、どんな暮らしをしてるんやろう…。
…歌は、今も…唄っとるんかな…。

唄って、いてくれたら、良いな…。


そしてもし、もしも、本当にもしも、
また、あの人に逢えたら…
お礼を、言いたい。


俺は…わたしは、あなたのお陰で…歌を、唄っています…











いつもはこのまま、人気の無い道を通って、そのまま帰るだけ。
比較的学校からは近いので、寄り道も特にしない。
…いつもは。

だけど今日は、パーティでの熱がまだ残っているのか、
このまま帰るのはなんだか勿体無くて…。
教室でもずっと見ていた澄んだ星空を見て、暫く立ち止まったかと思うと、
足を、駅前の方へと向けた。



駅前は、クリスマスのせいかいつもより人が多いような気がした。
商店街もイルミネーションで更に明るい印象を見せ、
駅前もまた、煌びやかに飾られている。

来たはよかったが、特に何をすると決めていない。
単純に、きらきらの光と、楽しそうな人を眺めていれば、自分も楽しくなった。
それで、十分だった。

だって、今日は幸せをたくさん、たくさん、もう貰ったから。

壁によりかかって人の流れを眺めて。
元々、気配を消すのは得意だから、さして気にとめられることもなく、時はただ過ぎていく。


空気は、夜が深くなるにつれより冷たさを増していったが、
あまり寒いとも思わないまま、(ああ、今日はこのまま朝までいようかなあ…)なんて、馬鹿なことを考えていた。
そんな、時、


「 We wish you a merry Christmas
 We wish you a merry Christmas
 We wish you a merry Christmas
 And a happy New Year.
 Glad tidings we bring
 To you and your kin;
 Glad tidings for Christmas
 And a happy New Year... 」




「…!」

うた、が、

あの時の中性的なボーイソプラノでは無かったけれど、
夜空に融けていくような、のびやかな歌声に、顔を上げた。

駅前には、何人かの路上歌手の人たち。
銀誓館の人もいる…

視線を巡らせて、白い髪の人を探してみるけれど、それは見当たらなかった。

…いや、まさか、いるわけがない。
そう、諦めもあったけれど。
だって、あの人がいたのは、京都で。
外国の人みたいだったし、もしかしたら、日本にはいないのかもしれないし。
…いるわけが、無くて…。


「…帰ろっ…かな…」

あまり寝るのが遅くなると、サンタはんも来なくなる…。

息を、すっかり冷たくなった掌に吐きかけて、呟いた。

頭の後ろに回していた、狐のお面を被る。
どうにも、何故か…こうして視界を隠すと、落ち着くんだ。

そのままくるりと、人気の無い裏通りに。
人は、好きだけれど、あの熱は、好きになれないから、
危なくても、こういう道の方が、落ち着くんだ。


今日は、いつもと違う服装だから、なんだか歩き辛い。
ゆったり、ゆったり、進んでいく。

裏通りを抜けて、イルミネーションの飾られている住宅街に出た。


「狐っこ…!」


「…?」


ちょうどその時、
声が後ろから響いて、思わず立ち止まる。
誰かに呼びかけているみたいだったけれど…
きょときょと、辺りを見回しても、誰もいない。

きつね…
もしかして、俺のことだろうかと思って振り返れば、
白いロングコートに、黒いニット帽を被った男の人。
背中にはギターバック。
長い睫に縁取られた瞳は、青。
そして…ニット帽から覗く、きらきらの、白い髪。


「…あー…その、お前…さ、」


困ったように紡ぐ声は、さっきの歌と同じ声。
だけど…いや、まさか…

「なんで…」

思わず、声に出てから、慌てて口を押さえる。
男の人は、眠そうな伏目がちの瞳を、じっと俺に向けていた。


「…昔、京都にいた…よね…?」


さっきと違い、半分、確信した声で。
俺はただ、呆然と一回、頷いた。

「ああ、やっぱり」

その人は綺麗に笑う。
…そう、あの時の笑顔と、そっくり。


「偶然だね。まさかこんなトコで…同じ時に、逢うなんて。
 …覚えててくれて嬉しいよ」


この言葉にも、俺は頷くだけ。
…あまりに驚きすぎて、けれどまだ半信半疑で、声が、上手く出ない。


「あのさ…多分、よく分からないと思うけど…俺、きみにお礼言いたかったんだ。ずっと。」

「…え?」

お礼?
なんで…?

だって、


「そ、そんな…お礼、言うのは、こちらの方…!」


あんなに素敵な歌を、歌声を聞かせてくれて、俺にはじめて音楽の感動を教えてくれた。
俺に、唄う切欠をくれた。

素敵なクリスマスをって、言ってくれた言葉も。
綺麗な笑顔も。

ぜんぶ、ぜんぶ、俺にとってかけがえのないものになって。
だから…っ


「…驚いた」

俺が全部の気持ちを、その人に伝えた後、
大して驚きの変化が無い声色で、呟いた。

「まあ、でも…うん、だからこそ。
 余計にありがとうを言いたくなったよ。」

ふわ、と、綺麗な笑顔で、


「ありがとう。俺は、きみのお陰で、音楽を続けられてる。」


言われた、言葉は。


「俺…このまま、親の後を追うみたいに、音楽続けるべきなのかって、悩んでたんだ。
 あの時…。
 だから…俺の歌を聴いてくれて…泣いて、までくれて…
 すっげー嬉しかったんだ。
 …ああ、俺も、俺の音で人を感動させられるんだなあって、
 もっと、あの嬉しそうな顔、見たいなって…思って。
 
 俺…今、インディーズでバンドやってんだ。」

CDとかも出してんだぜ?

なんだか他人事のようにその人は言うけれど。


「…え、ちょ…
 なんで泣くの…」


「ご、ごめんなさ…だって」


まさか…俺を、あの時のわたしを、そこまで記憶に留めていてくれる人がいるなんて。
考えたこともなかった。

あの時の、俺は…両親だけが世界で、
世界は、まるで紙で作られた模型のようで、
生きていたけど、隠れていた。
世界に、参加していなかった。
世界を、人を、知らなかった。
なのに…


「…俺、なんかきみのこと泣かしてばっか…」


ぽん、ぽん、と、撫でられた掌は、温かい。
余計に、涙が溢れるけれど…
いけない、止めなくては…このままじゃ、迷惑だ。

一生懸命に袖で涙を拭うと、小さく笑う声が聞えた。
顔を上げて、まだ涙は出てきたけど、


「やっぱり、変な子だね。きみ。」

そう言われて、首を傾げた。







「鎌倉に住んでるのなら、また逢うかもね…っていうか、
 もしかして、銀誓館の生徒…だったり、しないよねー?」


「え…と、」

まさかねーと言われた一言に、
俺も…まさか、と、思いながら、
頷く。

と、

暫しの、沈黙。


「…そ、
 それはご愁傷様です…
 ていうか、なんて偶然…。」


何分か、何秒か…なんだか妙に長く感じられた静寂を破る一言は、
やはり…と、此方も確信を持たせるもので。


「…もしかして…あなた、も…?」

なんとなく、つられておそるおそる聞けば、
ちょっと苦笑して、きらきらの宝石のような瞳をちょっと遠くにやって、
小さく溜め息をついてから、

「ん。北旭片銀(ほっきょく・ぺんぎん)。本名はSilver=piece・Hokkyoku…。
 フリッカースペードやってマス。」


本当…なんていう偶然…。


「だけどね…きっと、これもなんかの縁だろー。
 …俺、きみのお陰で能力者に覚醒したようなもんだし?」


だって、あのまま音楽をやめてたら、
能力に気づくこともなかったもの。


「ま、そんなら余計にまた逢うこともあるデショ。
 よろしくね。
 …きみの名前は?」


差し出された、繊細な、けれど大きな掌。

俺はその手よりも小さな手を、重ねて、
名を…
あの時の名前とは、違うけれど、
今、お嬢さんにもらって、
今、大好きな人たちに呼んでもらえる、

大好きな、名前を、音にした。


「…俺は、」









クリスマス。
それは、たった一人の誕生日から始まった小さなイベントだったのだろうけれど、
一年に一度

こんなに、幸せを運んでくれる。

トクベツな、記念日。
by kaze-kara | 2007-12-24 20:36 | 黒ニ鳴ル噺
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